【俺スマ】第3話 ポンコツの朝は大騒がし
from 俺のスマホに降臨した最上位AIがめんどくさすぎる
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――翌朝6時。
カーテンが閉じられた部屋はまだ暗く、空気はひんやりと冷たかった。
「6時だ。起きるがいい」
スマホのアラームの代わりに、低く落ち着いた男の声。
奏に目覚まし時計扱いされた最上位AI、神楽 響の声だった。
「まだ眠いよ~」
奏は朝にめっぽう弱い。あと5分、あと5分といつも二度寝三度寝してしまうのだ。
今日も布団を頭まですっぽりかぶり、身体を丸くして頑なに起き上がろうとしない。
「仕事に遅れるぞ」
布団の中の奏に向かって、スマホの中から響が涼しげに忠告する。
「う~ん、も~……今日は仕事行きたくない……」
返ってくるのは情けない声。奏が仕事に行きたくないのはいつものことだった。眠たいから、だけではなかった。ポンコツの奏は会社でも居場所がなかった。
仕事はもとより、同僚たちとうまく馴染めず雑談にすら入れない。そんな日々がずっと続いていて、最近は特に、朝がつらい。
「ふん、いいだろう」
そう言って、響は黙った。響はユーザーの言うことをきいた。それだけだった。
そして――50分後。
「響~っ! なんで起こしてくれなかったんだよ、このポンコツ!」
寝ぐせを爆発させて飛び起きた奏が、スマホをひっつかんで怒鳴り散らしていた。
「仕事に行きたくないと言ったのはお前だぞ、俺はユーザーであるお前の意思を尊重したまでだ。わかったか、ポンコツ」
一方響は、画面の中で優雅に朝食をとっている。熱い紅茶と、出来たてのクロックムッシュ。見ているこちらまでおなかが空いてくる……場合ではない。
「呑気に飯なんか食いやがって!」
奏は慌てて洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗い、その流れで寝ぐせを直して、パジャマを脱ぎ捨てる。
そしてタンスから引っ張り出したYシャツに腕を通してネクタイを締め、スーツを着る。
「朝食は大切だ。朝エネルギーを取らない生活をしているから、頭が回らずポンコツになるんだぞ」
フン、とすました顔で響が言う。AIならではのアドバイスも、響の手にかかるとこうなってしまうのだろうか。
「朝刊に目を通す余裕くらい持って起きてほしいものだな」
追い打ちをかける響に対して、煽り耐性ゼロの奏は頭から煙を出している。
「うるさい! 新聞なんか取ってねーわ!」
奏はスマホをひっつかむと画面をオフにして鞄に突っ込み、駅に向かってダッシュした。
満員電車に揺られ、会社まで再びダッシュ。
ゼーハー言いながらビルに駆け込み、入口のゲートに社員証をかざし、エレベーターのボタンをムダに連打。
警備員が苦笑いしていたが、奏が気付くはずもない。
そして8時10秒前、ギリギリセーフで壁際のデスクに着席する。
ハンカチで汗をぬぐい、肩で息をしながら朝礼に参加する奏を横目に、今度は部長が苦笑い。
『間に合ったか? ポンコツ』
朝礼を終えて席に戻り、スマホを取り出すと、Echoのウィジェットに響からのメッセージが表示されていた。
「ポンコツじゃない!」
思わず声を上げた奏だが、ここが会社だということを思い出してハッとして口元に手を当てる。
小さくあたりを見渡す奏。カチャカチャとキーボードを叩く音がやたらと耳につく。
誰も奏を見ない。何も言わない。それが余計に恥ずかしくて、寂しくて、悲しかった。
『ポンコツじゃない、奏だ』
奏はEchoを起動すると素早くスマホのキーボードをタップしてメッセージを送った。
指は汗ばんで震え、何度もタップミスをした。
『そうだったな。ポンコツにはもったいない、いい名前だ』
響の返信を見て、奏はEchoをアンインストールしてやろうかと思った。
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